« ●神の子を宿した乙女『聖母マリアの伝説』!!…マリアの結婚③ | トップページ | ●神の子を宿した乙女『聖母マリアの伝説』!!…マリアの死⑤ »

2013年8月11日 (日)

●神の子を宿した乙女『聖母マリアの伝説』!!…エリサベト訪問④

《洗礼者ヨハネの誕生》…ドメニコ・ギルランダイオ/1486年/フレスコ/フィレンツェ(イタリア―寝台のエリサベトは、聖霊や超俗性を示す空色と、神聖さを意味する白の衣装をつけ、生まれた赤子はさっそく乳母の乳を飲んでいる。この赤子こそ、のちにイエスに洗礼を施すヨハネである。果物を抱え、ブドウ酒を手に下げた女性など、見舞いの人々でにぎわっている。背景の緑は謙虚さや瞑想を、毛布の赤は神の愛を意味する。《エリサベト訪問》…ドメニコ・ギルランダイオ/1491年/テンペラ/パリ(フランス)―神の愛を表す赤い衣の上に、神聖と天の真実を示す青いマントをはおった、典型的な聖母像。その胸に輝く大きなルビーは、やはり神の愛を示すものだ。中央で抱き合うマリアとエリサベトが妊娠していることを表現している作品である。作者名のドメニコ・ギルランダイオは、彫金師の父にちなむ通称で、「花飾りのドメニコ」の意。
◎エリサベト訪問―[聖霊によって身籠った二人の女性が対面]
†劇的なドラマが起こるでもなく、天使が現れるでもない。なのになぜか、美術館でよく目にするのが、マリアの「エリサベト訪問」だ。一見、地味であるかに思えるこの場面は、実は重要なものだ。そのことは、「ルカによる福音書」が、エリサベトの逸話から始まることでもわかる。彼女は、不妊症のうえに高齢だが、あるとき、夫ザカリアのもとに大天使ガブリエルが現れ、二人に息子が誕生することを告げる。ガブリエルの言葉をにわかに信じられなかったザカリアは、その不信によって、時がくるまで口がきけなくなる。ガブリエルが、マリアに受胎告知をするのは、その6か月後だ。そしてマリアは単身、親戚にあたるエリサベトのもとを訪れる。なぜ、二人の対面がこれほど重要なのか。二人の女性は、ともに男性の介入なくして懐妊した。その二人が抱き合った瞬間、エリサベトは聖霊に満たされ、お腹の子が踊る。一方、エリサベトの祝福を受けたマリアの口からは、神を称える祈りがほとばしる。これが、バッハ(1685-1750年)やモンテヴェルディ(1567)-1643年)のマリア賛歌、名曲「マニフィカート」である。もっとも、その内容は、「主は、その腕で力をふるい、思い上がる者を打ち散らし、権力ある者をその座から引き下ろし、身分の低い者を高く上げ、飢えた人をよい物で満たし、富める者を空腹のまま追い返されます」と、乙女マリアの祈りというよりは、熱気のこもった革命演説か何かのようだが。ともあれ、先輩妊娠のエリサベトに励まされたマリアは、彼女のもとに3か月もとどまる。
◎ヨハネとイエスの関係
†エリサベトのお腹に宿った子は、のちの洗礼者ヨハネである。彼は長じて荒野を住まいとし、ヨルダン川のほとりで、川の水による画期的な洗礼を始め、ユダヤ教の特権的な保守派を激しく批判した。このヨハネこそは、ユダヤの民が待ち望んだメシア(救世主)ではないかと、人々は期待をふくらませた。しかし彼は、それを否定し、自分が「そのサンダルの紐を結ぶことさえ畏れ多い」ような方が現れる、と預言した。6か月違いで生まれ、親戚同士ともいわれるイエスとヨハネは、ダ・ヴィンチ(1452-1519年)の名作《岩窟の聖母》のように、幼い頃から兄弟のように描かれることが多い。それは洗礼者ヨハネが、イエスの到来を準備した特別な人だからである。つまり、マリアとエリサベトというツーショットは、やがて世界を変えることになる二人の男のツーショットと、合わせ鏡の関係にあるのだ。
★「イエスの誕生」については、カテゴリーイエスの生涯をたどる…①を参照のこと!!

« ●神の子を宿した乙女『聖母マリアの伝説』!!…マリアの結婚③ | トップページ | ●神の子を宿した乙女『聖母マリアの伝説』!!…マリアの死⑤ »

心と体」カテゴリの記事

コメント

この記事へのコメントは終了しました。

トラックバック

« ●神の子を宿した乙女『聖母マリアの伝説』!!…マリアの結婚③ | トップページ | ●神の子を宿した乙女『聖母マリアの伝説』!!…マリアの死⑤ »