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2014年8月14日 (木)

●黒い聖母の謎…!!

《ヤスナ・グラの聖母》…ロシアの画家/14世紀/テンペラ/チェストホーブア(ポーランド)、ヤスナ・グラ修道院-1382年、エルサレムから、クラクフ郊外にあるこの修道院にもたらされたイコンとされる。修道院が火災にむわれた際に、煤で顔が黒くなったことから、「黒い聖母」と呼ばれている。ポーランドでは、カトリックと正教会、どちらの信徒からも崇敬され、8月15日、聖母被昇天の日には全土から信徒が訪れる。《グアダルーペの聖母》…作者不詳/グアダルーペ(スペイン)、サンタ・マリア・デ・グアダルーペ王位修道院-13世紀後半、羊飼いのヒル・コルデロがグアダルーペの河岸で聖母像を発見したのを契機に、スペイン国王が礼拝堂を建設。この聖母像が褐色なのは、現地で農作業に従事する人々の肌が、日焼けして褐色であることに配慮したためではないかといわれる。福音書記者ルカが、この像を彫ったとの伝説もある。スペインの守護聖母として崇敬されている。
◎[大地の豊饒を暗示する色を聖母が取り込んだ?]…
・「黒い聖母崇拝の博物誌」の著者、イアン・ベックの調べ。によれば、世界中に黒い聖母と呼ばれるものが、約460体も存在するという。聖母は、神聖さや純潔を表す「白」こそ相性がいい。白い処女女性そのものでさえある。だからこそ人々は、黒い聖母に疑問を投げかけ、好奇のまなざしを向けるだろう。処女マリアと、死や悪魔を思わせる「黒」という組み合わせが、しっくりこないかもしれない。黒い聖母が存在する理由については、今も諸説ふんぷんである。たとえば、ポーランドのヤスナ・グラのイコン(聖像)は、火災や積年のろうそくの煤で黒くなったのだし、スペインのモンセラートの聖母は、もともと素材の木が黒いだけだ、という人もいる。また、『旧約聖書』のソロモンの「雅歌」には、こんな一節がある。「イスラエルの娘たちよ。私は黒いけれど美しい、ケダルの天幕のように、ソロモンの幕屋のように」ここから黒い聖母信仰が起こったと指摘する人もいる。この歌によれば、聖母が黒いのは日焼けのせいだという。つまり、日焼けした白人という認識だろうか。確かに、マリアの育ったイスラエルでは、それも自然なことだろう。そもそもも金髪碧眼で、透けるような美肌のマリア像があったとしたら、そのほうがよほど現実離れしている。思うに、スペインのグアダルーペや、南イタリアに数ある黒い聖母が、今も熱狂的に現地で支持されているのは、小麦色の肌をした地元の人々にとっては、そのほうがずっと親しみやすく、自然に映るからではなかろうか。別の説によれば、十字軍の遠征以後に、黒い聖母の数が急増していることから、遠征先である北アフリカから、イシスやアルテミスといった黒い女神像を持ち帰ったのが原因だという。この指摘は、うなずけるものがある。その証拠に、パリのサン・ジェルマン教会に安置された聖母は、実はイシスだったと発覚した16世紀に、撤去されたそうだ。
◎黒に隠されたもう一つの意味……
・また、黒い色を積極的に解釈する説にも納得できる。黒が喪に服す色であることから、黒い聖母を「悲しみの聖母」の変形とする説だ。修道士の僧衣のなかには黒いものもあるが、それはイエスの喪に服していることを示す。錬金術の世界でも、黒は死だけでなく、再生を意味する。何より、地母神たる女神たちにとっては、黒は大地の色そのものだ。黒い肥沃な大地は、地上で死した命を迎え、そこから新たな豊饒を生み出す。死と再生をともに包含する黒という色は、まさに聖母マリアにふさわしい色かもしれない。

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